時間だけが進んだ
今なお多くの関心を集める謎多き室蘭女子高校生行方不明事件。
事件から、すでに四半世紀が経とうとしている。
もし、あのとき行方不明になった女子高生が、どこかで今も暮らしているとしたら、すでに40代半ばに差しかかる年齢だ。
結婚し、子どもを持ち、仕事や家庭に追われる日常を送っているかもしれない。
あるいは、名前も土地も変えて、静かな生活を選んでいる可能性もある。だが現実には、その「いま」を確かめる術がない。
2001年に北海道・室蘭で起きた女子高生行方不明事件は、いまなお未解決のまま、時間だけが積み重なっている。
女子高生は日中の行動の最中に姿を消した。
行方不明が判明したのちも決定的な目撃情報は乏しく、事件なのか家出なのか、境界線が曖昧なまま捜査が始まった。そして、その「曖昧さ」こそが、のちに語られる無数の仮説と、初動の遅れという致命傷を呼び込むことになる。
諸説が生む影と熱
未解決事件には、いつも「物語」が群がる。
ストーカー説、交際相手説、港町ゆえの拉致説、職場関係者説――どれも、断片的な事実に“筋”を通すための仮説であり、筋が通るほど人は信じたくなる。
ストーカー説は、その代表例である。
友人が「つきまといのようなものがあった」と示唆し、職場でも本人がPHSに出ない理由を「いたずら電話が多いから」と語っていたという証言がある。オーナーも「自宅の近くでストーカーみたいなことがあると聞いた」と話している。複数の人物が似た方向の話をしている以上、何らかの“嫌な影”があった可能性は否定しづらい。もし白昼の目抜き通りから車両で連れ去られたのだとすれば、犯人は車を持ち、ある程度の行動力を備えた年長者だった、という想像も成立する。
一方で、ストーカーが本当に差し迫った脅威だったなら、なぜ彼女はもっと早く助けを求めなかったのか、という疑問が残る。その日の行動は、自宅や普段の勤務地ではなく、本店近くで消息を絶っている。にもかかわらず、途中で立ち寄った大型店の化粧品売り場で避難行動らしきものは見えず、短時間のウィンドウショッピングののち、平然と外へ出ているように見える。さらに、その間にPHSで助けを求めた形跡も強く語られていない。もし周囲に執拗な男の影があったなら、防犯カメラや聞き込みで「不審な同伴者」が浮かび上がりやすいはずだが、そうした輪郭は結局はっきりしなかった。
混合説として「偶然その会話を聞いたストーカーが、店員になりすまして連絡し、予定時刻をずらして犯行に及んだ」という筋書きもある。しかしこれは、通信履歴で露見しやすい。さらに、1時に来店する予定を知っていたなら、わざわざ遅らせず待ち伏せれば足りる。仮説としては刺激的だが、成立のために必要な偶然と大胆さが多すぎる。
交際相手説もまた、ネット上で典型的に生まれやすい疑念である。最後に連絡を取った相手でありながら情報が少ない。未成年ゆえに素性や交際の詳細が表に出ず、証言の中身も限られている。沈黙は、時に疑惑を増幅させる。しかし冷静に考えれば、当時の高校生が単独で拉致・監禁・遺棄までを完遂するには、車両や隠匿場所などの条件が要る。非行グループとの関与や深刻な対立が語られていないなら、状況証拠としては弱い。
バイクがあれば――家出を手助けしているなら――と想像を広げることはできても、彼女が事前に「研修」の予定を入れていた行動と整合しにくい。警察が基地局などの裏取りをして重大な矛盾なしと見たのだろう、という推測のほうが自然である。
北朝鮮拉致説は、港町という地理と、2002年前後の拉致問題の国民的関心が結びついて膨らんだ。だが「港がある」だけでは根拠にならない。性犯罪や突発的犯行のほうが発生頻度としては圧倒的に高く、国家犯罪を安易に当てはめるのは危うい。
そして職場関係者、特にオーナー説は、警察が当初マークしたことで「もっともらしさ」を帯びた。店の近くに住み、空き室があったという噂、説明の歯切れの悪さ――それらは疑いを呼ぶ要素だ。だが、説明が不得手であることと、完全犯罪を成し遂げる能力があることは別問題である。
疑いが長く残るのは、事件が未解決であるからだ。つまり、どの説も「あり得る点」と同じくらい、「決め手に欠ける点」を抱えたまま漂っているのである。
「地方警察の限界」という現実
この事件を語るとき、必ず浮かび上がるのが「初動捜査の遅れ」という問題だ。
だがそれは、現場の警察官が怠慢だったという単純な話ではない。日本の警察組織は、所轄警察署と都道府県警本部という二層構造になっている。日常的な事件対応を担うのは所轄であり、重大事件になると本部の捜査一課などが主導権を握る。
室蘭のような地方都市では、殺人や誘拐といった凶悪事件の発生件数は極めて少ない。結果として、現場の警察官が「重大事件の初動」を経験する機会も少なくなる。これは能力の問題というより、経験値の差である。東京や大阪では日常的に起きている事案が、地方では「想定外」になりやすい。
さらに、警察組織は慎重だ。事件性を断定するには証拠が要る。だが、その証拠を集めるには人と時間が必要で、その判断が遅れれば遅れるほど、決定的な証拠は失われていく。室蘭の事件では、まさにこの悪循環が起きていた。
「平和な町」という思い込み
この事件で最も根深い問題は、「平和な町バイアス」だろう。
地方都市では、「ここで凶悪事件が起きるはずがない」という無意識の思い込みが働きやすい。
女子高生がいなくなったとなれば、「家出だろう」「そのうち帰ってくる」という判断が先に立つ。全国の行方不明届の多くが数日以内に解決しているという事実が、逆に判断を鈍らせる。
さらに小さなコミュニティでは、「顔見知りの犯行」という発想に引きずられやすい。外部から来た見知らぬ誰かではなく、周囲の誰かに原因を求める。結果として、広域的な移動や無差別的な犯行の可能性は後回しにされる。
そして何より恐ろしいのは、「この判断が間違っていた」と認めることの難しさだ。一度方針を決めてしまうと、それを覆すには組織的な勇気がいる。特に地方の警察署では、判断の修正が「失敗の認定」と受け取られかねず、結果として軌道修正が遅れることになる。
未解決事件が残したもの
室蘭の事件、そして初動の遅れが指摘された他の事件の教訓を経て、日本の警察は変わった。
現在では事件性が完全に否定できない段階でも、早期に本部が介入する仕組みが整えられ、「特異行方不明」として最悪を想定して動く発想が強化された。DNA鑑定や防犯カメラ解析、車両追跡の技術も進歩し、地方であっても本部のバックアップで一定水準の捜査が可能になっている。
だが、それでもなお「人間が判断する」という本質は変わらない。
組織の空気、経験値、思い込み、そして「まさか」という油断。そうした要素が重なったとき、悲劇は起きる。
あの事件が私たちに突きつけているのは、警察批判だけではない。「日常はいつでも壊れうる」という現実と、それを直視する覚悟の必要性だ。ほんの少し判断が違っていれば、ほんの数時間対応が早ければ――その「もし」は、今も消えない。だからこそ、この事件は忘れられてはならない。
過去の失敗を語り続けること自体が、次の犠牲を防ぐための、数少ない手段なのだから。