ベネズエラ急襲と中国「嘘」の洪水

防空網が沈黙した夜

2026年1月3日、米軍による奇襲作戦「オペレーション・アブソリュート・リゾルブ」は、ベネズエラの防空網をわずか30分で沈黙させた。急襲の政治的な意味や、拘束されたマドゥロ大統領の行方については、既に多くのニュースで語られている。

だがこの夜に起きた本質的な“事件”は、ベネズエラそのものよりも、周辺国、特に中国の反応にあった。 

アルジャジーラやワシントン・ポストは、同国が中国とロシアから導入した最新鋭の防空システムが、米軍の電子戦とサイバー攻撃の前に、ほぼ反撃の機会もなく沈黙したと報じた。

ステルス機を探知できるはずのレーダーは働かず、バックアップの迎撃システムも作動しなかった。「コンセントが抜けていた」「スイッチが入っていなかった」という皮肉めいた表現はその結果に対する驚きの裏返しである。

この“沈黙”が政治的に破壊力を持ったのは、性能の誇示に余念がなかった中国製兵器が、初めて本格的な実戦に晒された場だったからだ。

もっとも、国際政治は単純ではない。

米露密約説、内部協力説、ロシアの黙認説が飛び交ったのも、今回の沈黙が単なる技術の勝敗ではなく、「勢力圏」「面子(メンツ)」「子分」といった、冷戦後の地政学の湿った空気を呼び起こしたからだろう。

コンセント説と面子の無限ループ

結果を示された中国がどう振る舞ったか。

中国外務省や官製メディアは、性能への批判を正面から受け止めることを拒んだ。
代わりに、
「定期点検中で作動していなかった」
「ベネズエラ兵が扱いに習熟していなかった」
「そもそも米軍の急襲が国際法違反だ」
という論点ずらしが展開された。

それは、技術の問題ではなく彼ら中国共産党の「面子」の問題である。

面子が国家の基礎を成す社会においては、「負け」を認めることは単なる事実認定ではなく、模倣効果を誘発する危険な前例作りになる。

だからこそ、無抵抗という結果を「性能問題」ではなく、「他者のせい」「制度のせい」「道徳のせい」へと押しつける必要がある。これは、いわゆるヤクザ的な「示し」の論理と驚くほど似ている。つまり「舐められたら終わり」であり、「ただでは済ませない」のである。

実際、軍事アナリストの間では、中国の反応は“技術の敗北”よりも“面子の敗北”として観測された。

性能の低さ自体より、失敗を改善に回さず、虚勢と恫喝で覆い隠そうとする外向きの姿勢こそが、同盟国に対する信頼の低下を招く、と。

葉っぱを隠すための情報の森

ここで、中国の行動は一段階深化する。

「葉っぱ隠すにゃ森の中」ということわざがある。

隠したい葉っぱ(=不都合な真実)が一枚あるなら、周囲に大量の木(=嘘や半真実、責任転嫁、陰謀論)を植えて森にしてしまえば、観察者はどれが問題の葉なのか分からなくなる。中国が得意とするのは、この森作りである。それは単なる嘘ではなく、明確な情報戦の技法として定義されている。

米国の研究機関はこれを「Firehose of Falsehood(嘘の消防ホース)」と呼ぶ。大量・高速・反復・矛盾すら辞さない拡散方式のことだ。

ポイントは、嘘を信じさせたいわけではない、ということだ。

目的は、相手を「考えさせない」ことにある。
認知負荷を増やし、「何が本当か分からない」と思わせた時点で勝利である。

民主主義国家は“真偽の判定”を個人に委ねるがゆえに、嘘の洪水に弱い。逆説的だが、情報の自由は、情報の過剰によって麻痺させられるのである。

今回の急襲後、中国語圏・ロシア語圏・英語圏のSNSでは、
・米露密約説
・内部裏切り説
・兵器は実は作動していた説
・マドゥロ自発降伏説
など、互いに矛盾する情報が同時に拡散された。

論理性は不要だ。目的は森であって物語ではない。

洪水に対する検問所とAI

では、嘘の洪水に対し、国際社会はどう対処しようとしているのか。

答えは「情報検問所」である。

G7は“真偽の判定”を各国が個別に抱えるのではなく、データ連携による共同監視へと移行しつつある。日本が旗を振るDFFT(信頼ある自由なデータ流通)は、情報に“オリジネーター(発信元)証明”を付す構想である。ニュースや動画に“本物のハンコ”を押すことで、偽情報を野良化させる狙いがある。

さらに、ディープフェイク検知AIは、人間には見えない“血流の微細変化”や“音声の周波数の断裂”を拾う段階に入った。偽動画や偽録音を制作する行為は、技術の発展でますます容易になるが、暴く技術も同時に進化している。拡散パターン解析も重要だ。真実は拡散に時間がかかるが、嘘はBotにより一斉に散布される。森の作り方には森の作り方の癖がある。

もちろん、AIは万能ではない。だが嘘の洪水に対し、「一滴ずつ検証する」という旧態依然の方法では到底追いつかない。対抗策は、洪水そのものの振る舞いを見ることへと変わる。

真実の扱いかた

今回の急襲により、中国製兵器が実戦で沈黙したこと以上に重要だったのは、その後に起きた中国の「情報の振る舞い」だった。防空システムの不発は単なる軍事技術の失敗ではなく、「嘘と面子による洪水」がいかに国際政治の言語を侵食するかを示す象徴だったのである。

情報の洪水の時代において、真実は強度ではなく“扱い方”によって価値が決まる。
私たちが問うべきは「何が本当か」だけではなく、「なぜ嘘は洪水のように振る舞うのかである。

ベネズエラの空に沈黙したレーダーが照らしたのは、防空網の脆弱さではなく、面子と嘘の政治が、いかに21世紀の世界を形作っているかという事実だった。